Archive for the ‘コラム’ Category

コラム「亡くなった家族の『デジタル遺産』はどう相続する?調査方法と注意点を弁護士が解説」

2026-10-09

はじめに

スマートフォンやインターネットサービスの普及により、亡くなった方の財産や契約が、通帳や紙の書類からは分からないケースが増えています。

例えば、次のようなものです。

  • インターネット銀行の預金
  • ネット証券の株式や投資信託
  • 暗号資産
  • 電子マネーや各種ポイント
  • ネットショップ等の売上金
  • クラウド上の写真や文書
  • SNS、メール、動画配信サービスのアカウント
  • 月額課金のサブスクリプション
  • オンラインゲーム内の有償アイテム

これらは一般に「デジタル遺産」や「デジタル遺品」と呼ばれていますが、法律上統一された定義があるわけではありません。

また、預金や暗号資産のように経済的価値を持つものと、SNSアカウントや写真データのように利用規約・プライバシーが問題になるものとでは、取扱いが異なります。

本記事では、デジタル遺産の調査方法、相続手続、相続税申告との関係、相続人が注意すべき点について解説します。

1 デジタル遺産とは

国民生活センターは、デジタル遺品について、故人がインターネット上に保有していた資産のデータや、契約していたサブスクリプションのアカウントなどが含まれるものとして紹介しています。kokusen.go.jp

デジタル遺産は、大きく次の3種類に分けて考えると分かりやすいでしょう。

(1)経済的価値があるもの

  • インターネット銀行の預金
  • ネット証券の株式、投資信託、債券
  • FX取引口座
  • 暗号資産
  • 電子マネーの残高
  • ネットショップやフリマサービスの売上金
  • アフィリエイト報酬
  • 有償ポイント
  • オンライン上の著作物から生じる収益

これらは、原則として相続財産に含まれる可能性があります。

ただし、ポイントやゲーム内アイテムなどは、利用規約上、相続や第三者への移転が認められていないこともあります。

(2)契約上の地位や継続課金

  • 動画・音楽配信サービス
  • 電子書籍サービス
  • オンラインストレージ
  • セキュリティソフト
  • 有料メールサービス
  • レンタルサーバー、ドメイン
  • 各種アプリの月額課金

これらは、相続財産としての価値があるとは限りませんが、解約しなければ料金の請求が続く可能性があります。

(3)写真、メール、SNSなどのデータ

  • スマートフォン内の写真や動画
  • クラウド上の写真・文書
  • 電子メール
  • SNSの投稿やメッセージ
  • ブログ
  • 動画投稿サイトのアカウント
  • パソコン内のデータ

これらについては、データの内容、著作権、プライバシー、サービスの利用規約などを個別に確認する必要があります。

2 デジタル遺産は相続できるのか

デジタル形式で管理されているというだけで、相続財産から除外されるわけではありません。

例えば、インターネット銀行の預金は、紙の通帳が発行されていなくても預金債権です。ネット証券で保有する株式や投資信託も、通常の金融資産と同様、相続手続の対象になります。

一方、SNSや動画配信サービスなどのアカウントは、利用者本人だけに認められた契約上の地位であり、利用規約によって譲渡や承継が制限されていることがあります。

したがって、「IDとパスワードが分かれば相続人がそのまま利用できる」とは限りません。

デジタル遺産については、次の点を分けて確認する必要があります。

  • 財産的価値があるか
  • 相続の対象となる権利か
  • サービスの利用規約上、承継が認められるか
  • データの閲覧や取得が認められるか
  • 解約や返金が可能か

3 デジタル遺産を調査する方法

デジタル遺産は、現物が見えにくいことが大きな特徴です。相続人が存在に気付かなければ、遺産分割や相続税申告から漏れるおそれがあります。

(1)郵便物やメールを確認する

金融機関やサービス事業者から、取引報告書、残高のお知らせ、契約更新、請求などの通知が届いていないか確認します。

もっとも、故人のメールに無断でログインする行為は、利用規約やプライバシーとの関係で問題になる可能性があります。まずは端末の状況や事業者の相続手続を確認することが安全です。

(2)預金口座やクレジットカードの明細を確認する

通帳、銀行口座、クレジットカードの利用明細には、次の手掛かりが残っていることがあります。

  • 証券会社や暗号資産交換業者への入出金
  • サブスクリプション料金
  • クラウドサービスの利用料
  • アプリストアへの継続的な支払い
  • サーバーやドメインの利用料

少額の定期的な支払いであっても、放置すると請求が継続する可能性があります。

(3)スマートフォンやパソコンを確認する

端末に入っているアプリ、ブックマーク、デスクトップ上のショートカットなどから、利用していたサービスが分かる場合があります。

ただし、端末を初期化したり、パスワードを何度も誤入力したりすると、データが消去・ロックされる可能性があります。重要なデータがあると考えられる場合は、むやみに操作しないことが大切です。

(4)確定申告書などを確認する

故人が確定申告をしていた場合、申告書やその添付資料から、株式取引、暗号資産取引、ネット上の事業収入などが判明することがあります。

個人事業主の場合には、ウェブサイト、ネットショップ、クラウド会計、オンライン広告など、事業継続に必要なアカウントも確認する必要があります。

(5)取引事業者へ照会する

利用していた事業者が判明した場合は、死亡の事実と相続人であることを示す書類を準備し、相続手続を問い合わせます。

一般的には、次のような書類を求められることがあります。

  • 被相続人の死亡が分かる戸籍
  • 相続人であることが分かる戸籍
  • 遺言書または遺産分割協議書
  • 相続人の本人確認書類
  • 印鑑証明書

必要書類や手続は事業者によって異なります。

4 暗号資産の相続で特に注意すべき点

暗号資産は財産的価値を持つため、相続財産となり、相続税の課税対象にもなります。

国税庁は、相続や贈与によって取得した暗号資産について、財産評価基本通達に評価方法の直接の定めがないため、評価方法の定めのない財産として、同通達に定める評価方法に準じて評価するとしています。活発な市場がある暗号資産については、原則として、利用する暗号資産交換業者が公表する相続開始時の取引価格などを基に評価します。nta.go.jp

取引所で管理されている場合

国内の暗号資産交換業者を利用している場合は、その事業者へ相続手続を問い合わせます。

故人のIDやパスワードを使って相続人が売却・送金するのではなく、事業者所定の手続によることが原則です。

個人のウォレットで管理されている場合

個人のウォレットで暗号資産を管理している場合、秘密鍵や復元用フレーズが分からなければ、資産を技術的に移転できない可能性があります。

暗号資産の存在を把握して相続税を申告しなければならない一方、秘密鍵が分からず実際には処分できないという問題も生じ得ます。

秘密鍵や復元用フレーズは、他人に知られると資産を移転される危険があるため、電子メールなどで安易に送信せず、厳重に管理する必要があります。

5 デジタル遺産が遺産分割から漏れた場合

遺産分割協議が成立した後に、新たなネット銀行口座や暗号資産が見つかることがあります。

この場合、既に成立した遺産分割協議が当然にすべて無効になるわけではありません。新たに見つかった財産について、相続人間で追加の遺産分割協議を行う方法が一般的です。

もっとも、新たに見つかった財産が非常に高額であり、その存在を知っていれば当初の分割内容に同意しなかったと考えられる場合や、相続人の一人が意図的に財産を隠していた場合には、当初の協議の効力や損害賠償責任が問題になる可能性があります。

遺産分割協議書には、後から判明した財産の取得者を定める条項を入れることもありますが、財産の価値や相続税への影響によっては、改めて相続人間で調整する必要があります。

6 相続税申告から漏れないように注意する

デジタル遺産であっても、経済的価値があり、相続税法上の財産に当たれば、相続税の課税対象となります。

相続税における財産の価額は、原則として相続開始時の時価によって評価されます。nta.go.jp

特に暗号資産は価格変動が大きいため、現在の価格ではなく、相続開始時点の価額を確認しなければなりません。

デジタル遺産が申告後に判明し、課税遺産総額や税額が増加する場合には、修正申告や追加納税が必要になる可能性があります。

相続税の申告期限は、原則として、相続開始を知った日の翌日から10か月以内です。デジタル遺産の調査に時間がかかることもあるため、早めに着手することが重要です。

7 故人のID・パスワードを使ってもよいのか

相続人であっても、故人のIDやパスワードを使って自由にアカウントへログインできるとは限りません。

利用規約で本人以外の利用を禁止している場合もあり、アクセスの方法や目的によっては法的問題が生じる可能性があります。

特に、次の行為は慎重に判断する必要があります。

  • 故人の名義で取引する
  • 暗号資産や売上金を自分の口座へ移す
  • 故人としてメッセージを送信する
  • メールや非公開メッセージを広範囲に閲覧する
  • 他の相続人に知らせずアカウントを解約する
  • 写真や文書を削除する

まず、サービス事業者へ死亡後の手続を問い合わせ、必要に応じて相続人間で協議することが適切です。

8 有料サービスを放置しない

デジタル遺産の問題は、財産を受け取る場面だけではありません。

故人が利用していたサブスクリプションを把握できず、死亡後も料金が引き落とされ続けることがあります。国民生活センターも、故人が契約していたサブスクリプションの解約にID・パスワードを求められ、遺族が困った事例を紹介しています。kokusen.go.jp

預金口座やクレジットカードを解約しただけでは、契約そのものが終了せず、未払料金が発生する可能性もあります。

利用していたサービスを特定し、各事業者の規定に従って解約手続を行う必要があります。

9 デジタル遺産を残す側ができる対策

家族が困らないようにするためには、生前から「デジタル終活」を行うことが有効です。

利用サービスの一覧を作る

次の項目を整理しておきます。

  • 金融機関・証券会社・暗号資産交換業者の名称
  • 有料サービスの名称
  • スマートフォンやパソコンの種類
  • 重要なデータの保存場所
  • 事業用アカウント
  • 解約してほしいサービス
  • 写真やSNSを残すか削除するか

パスワードを安全に管理する

一覧表にパスワードを直接記載し、誰でも見られる場所に置くことは危険です。

パスワード管理アプリ、施錠できる場所、信頼できる専門家への情報保管などを検討し、家族には「必要な情報がどこにあるか」が分かるようにしておくとよいでしょう。

遺言書との役割を分ける

遺言書には、誰にどの財産を取得させるかを記載できます。

しかし、遺言書に変更の多いパスワードを直接記載することは、更新や情報管理の面で適切とは限りません。

財産の承継は遺言書、アカウント一覧や取扱いの希望は別の文書として管理する方法が考えられます。

10 よくある質問

Q1 スマートフォンのロックを解除できなければ、相続手続はできませんか

必ずしもスマートフォンのロック解除が必要とは限りません。

利用していた銀行、証券会社、暗号資産交換業者などが分かれば、相続関係書類を提出して、各事業者の相続手続を進められることがあります。

まず、郵便物、預金通帳、クレジットカード明細、確定申告書などから利用事業者を調査します。

Q2 ネット銀行の預金も遺産分割の対象ですか

ネット銀行の預金も、通常の銀行預金と同様に相続財産となります。

紙の通帳がなくても、口座がなくなるわけではありません。銀行所定の相続手続を行います。

Q3 電子マネーやポイントも相続できますか

サービスの利用規約によって異なります。

残高の払戻しや承継が認められるものもあれば、利用者の死亡によって資格やポイントが失効するものもあります。各事業者の規約や手続を確認する必要があります。

Q4 暗号資産を相続したことを申告しなければなりませんか

暗号資産は相続税の課税対象となる財産です。

暗号資産を売却していない場合や、相続人がまだ換金できていない場合でも、原則として相続開始時の価額を相続財産に含めて検討する必要があります。

Q5 故人のSNSは家族が引き継げますか

サービスによって異なります。

追悼アカウントへ移行できる場合、遺族から削除を申請できる場合、原則として第三者への承継を認めない場合などがあります。利用規約と事業者所定の手続を確認してください。

Q6 他の相続人に知らせずデジタル資産を移してもよいですか

遺産分割前に、相続人の一人が暗号資産や売上金を自分の口座へ移すことは、他の相続人との紛争につながります。

財産を発見した場合は、その内容と評価額を相続人間で共有し、遺産分割協議の対象とすることが重要です。

まとめ

デジタル遺産には、ネット銀行、ネット証券、暗号資産などの財産だけでなく、サブスクリプション、写真、メール、SNSなども含まれます。

対応のポイントは次のとおりです。

  • 郵便物、カード明細、確定申告書などから利用サービスを調査する
  • ID・パスワードで安易にログインせず、事業者の相続手続を確認する
  • 暗号資産など経済的価値のあるものは遺産分割に含める
  • サブスクリプションの解約漏れを確認する
  • 相続税申告からデジタル資産を漏らさない
  • 生前からアカウント一覧や取扱いの希望を整理する

デジタル遺産は発見しにくく、サービスごとに手続も異なります。調査に時間がかかる間に相続税の申告期限が迫ることもあります。

弁護士法人結の杜総合法律事務所では、仙台・宮城を中心に、遺産調査、遺産分割、遺言書作成、相続人間の紛争など、相続に関するご相談をお受けしています。

当事務所は税理士事務所を併設し、代表弁護士が税理士でもあるため、遺産分割と相続税申告の双方を踏まえた対応が可能です。

「ネット上の財産があるようだが内容が分からない」「暗号資産が見つかった」「遺産分割後にデジタル資産が判明した」といった場合には、早めに当事務所へご相談ください。

※本記事は2026年10月時点の法令・公表資料に基づく一般的な説明です。サービスごとの手続や利用規約は変更されることがあります。

▶「結の杜総合法律事務所の総合サイト」はこちら

コラム「相続人が遺産を使い込んだ場合、取り戻せる?調査方法と返還請求を弁護士が解説」

2026-09-25

はじめに

遺産分割のご相談では、次のような問題が少なくありません。

  • 親と同居していた相続人が、親の預金を繰り返し引き出していた
  • 相続開始後、相続人の一人が預金口座から多額の現金を引き出した
  • 葬儀費用として引き出したと言っているが、使途が明らかになっていない
  • 被相続人の通帳や印鑑を管理していた相続人が、取引履歴を開示しない
  • 被相続人の不動産を売却した代金が、相続人の一人の口座へ入金されている
  • 遺産である賃貸不動産の賃料を、一部の相続人が受け取り続けている

このようなケースでは、使い込まれた金銭を取り戻せる可能性があります。

もっとも、預金の引出しが被相続人の生前に行われたのか、相続開始後に行われたのかによって、法律上の扱いや手続が異なります。また、預金が引き出されているからといって、直ちに「使い込み」と認められるわけでもありません。

本記事では、相続人による遺産の使い込みが疑われる場合の調査方法、返還請求の方法、遺産分割での扱いなどについて解説します。

1 遺産の「使い込み」とは

一般に「遺産の使い込み」とは、相続人などが、被相続人の財産を正当な権限なく引き出し、自分のために使用したり、隠したりすることをいいます。

典型的なのは、被相続人の預貯金の無断引出しです。

しかし、問題になる財産は預貯金だけではありません。例えば、次のような行為も問題になることがあります。

  • 被相続人の預貯金を無断で引き出す
  • 被相続人名義のクレジットカードを私的に利用する
  • 被相続人の株式や投資信託を無断で売却する
  • 被相続人の不動産を無断で売却する
  • 不動産の売却代金を自分の口座へ移す
  • 被相続人が受け取るべき賃料を自分で受け取る
  • 生命保険の解約返戻金を取得する
  • 被相続人の財産を不当に低い価格で取得する
  • 相続開始後に遺産を処分し、代金を分配しない

もっとも、被相続人のために支出された医療費、介護費、施設費、生活費などは、通常、使い込みには当たりません。

問題になるのは、被相続人の意思や利益に反して財産が使用され、その使途について合理的な説明ができない場合です。

2 最初に確認すべきは「いつ」使われたか

遺産の使い込みを検討する場合、最初に確認すべきなのは、財産が処分された時期です。

大きく分けると、次の2つがあります。

  1. 被相続人が亡くなる前の引出し・処分
  2. 被相続人が亡くなった後の引出し・処分

この違いによって、誰の権利が侵害されたのか、どのような請求ができるのかが変わります。

3 被相続人の生前に預金が引き出されていた場合

(1)本人のための支出かを確認する

被相続人の生前に預金が引き出されていた場合、まず、そのお金が何に使われたのかを確認します。

例えば、次のような支出であれば、金額が相当であり、実際に支払われたことが確認できる限り、使い込みとは評価されないことがあります。

  • 医療費や薬代
  • 介護施設の利用料
  • 介護用品の購入費
  • 被相続人の生活費
  • 自宅の修繕費
  • 税金や公共料金
  • 被相続人の希望に基づく旅行や買い物
  • 葬儀や納骨の準備費用

同居していた相続人が、被相続人の依頼を受けて預金を引き出し、本人の生活費に充てていたのであれば、通常は返還義務を負いません。

したがって、預金の引出額だけでなく、被相続人の生活状況、健康状態、介護の必要性、通常の生活費なども含めて検討する必要があります。

(2)被相続人の承諾があったか

引き出した相続人が自分のために金銭を使っていたとしても、被相続人が贈与する意思を持って渡していたのであれば、直ちに使い込みとはいえません。

もっとも、贈与であったというためには、被相続人に贈与する意思があり、相続人も贈与として受け取ったことが必要です。

多額の現金が引き出されているにもかかわらず、贈与契約書やメモがなく、被相続人が重度の認知症で財産の内容を理解できない状態だった場合には、贈与の成立や有効性が争われることがあります。

(3)無断で引き出した場合

相続人が、被相続人の承諾を得ずに預金を引き出して自分のために使用していた場合、被相続人は、その相続人に対して不当利得返還請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権を有する可能性があります。

被相続人が亡くなると、これらの権利は相続の対象になります。

そのため、他の相続人は、原則として、自らが相続した割合に応じて、使い込んだ相続人に対する返還請求を検討することになります。

ただし、引出しの事実や無断使用について争いがある場合、家庭裁判所の遺産分割手続だけでは解決できず、地方裁判所または簡易裁判所に返還請求訴訟を提起しなければならないことがあります。

4 相続開始後に遺産が使い込まれた場合

被相続人が亡くなった時点で残っていた預貯金などは、遺産分割の対象になります。

相続人の一人が、遺産分割をしないまま預金を引き出し、自分のために使用した場合、他の相続人は、不当利得返還請求や不法行為に基づく損害賠償請求を検討できます。

また、相続開始後に相続人の一人が遺産を処分した場合には、民法906条の2により、一定の条件の下で、処分された財産が遺産分割時にも存在するものとみなして遺産分割を行うことができます。

原則として共同相続人全員の同意が必要ですが、遺産を処分した相続人については、その同意を得る必要はありません。

例えば、相続開始時に3000万円の預金があったところ、相続人の一人が1000万円を引き出して取得した場合、残りの2000万円だけを分割すると、引き出した相続人が結果的に有利になってしまいます。

このような場合に、引き出された1000万円も遺産に含まれるものとして計算し、遺産分割の公平を図ることが考えられます。

ただし、誰が処分したのか、その金額はいくらか、何のために使ったのかなどについて争いがある場合には、別途、民事訴訟による解決が必要になることがあります。

5 相続人による引出しがすべて使い込みになるわけではない

預金の引出しが確認されたとしても、それだけで不正な使い込みが認められるわけではありません。

引き出した相続人からは、次のような説明がされることがあります。

  • 被相続人本人へ現金を渡した
  • 被相続人の生活費として使用した
  • 入院費や介護費を支払った
  • 被相続人から生前贈与を受けた
  • 他の相続人も承諾していた
  • 葬儀費用や納骨費用を支払った
  • 被相続人に代わって立て替えていた費用の精算を受けた
  • 被相続人から財産管理を任され、必要な支払いを行った

最終的には、引出しの時期や金額、被相続人の判断能力、生活状況、領収書の有無、引出し後の資金の流れなどから、説明が合理的かどうかを判断します。

特に、毎月の生活費として説明するには不自然な高額の引出しや、死亡直前の集中的な引出しについては、詳しい調査が必要です。

6 使い込みを調べるために必要な資料

(1)預貯金の取引履歴

最も重要な資料は、金融機関の取引履歴です。

通帳が手元になくても、相続人であることを示す戸籍謄本等を提出することにより、金融機関から被相続人名義の口座の取引履歴を取り寄せられる場合があります。

金融機関によって、開示できる期間、必要書類、手数料などが異なります。

取引履歴では、次のような点を確認します。

  • 高額な現金の引出し
  • ATMでの連続した引出し
  • 特定の相続人への振込み
  • 証券会社や保険会社への送金
  • 定期預金の解約
  • 被相続人が入院・入所した後の取引
  • 被相続人の死亡直前・直後の取引

(2)払戻請求書やATMの記録

金融機関の窓口で預金が払い戻されている場合には、払戻請求書、委任状、本人確認資料などが残っていることがあります。

これらを確認することにより、誰が窓口で手続をしたのか、筆跡が誰のものかなどが分かる場合があります。

ATMから引き出されている場合には、利用場所や利用時刻が分かることがあります。被相続人が入院中で外出できなかった時期に、遠方のATMで引き出されているような場合には、本人以外が操作した可能性を検討できます。

ただし、資料には保存期間があるため、早めに照会することが重要です。

(3)医療・介護関係の資料

被相続人の判断能力が争点になる場合には、次のような資料が重要です。

  • 診療録
  • 看護記録
  • 介護記録
  • 要介護認定に関する資料
  • 認知機能検査の結果
  • 成年後見開始の申立資料
  • 入院・施設入所の記録

認知症であったというだけで、すべての行為が無効になるわけではありません。問題となる取引や贈与が行われた時点で、被相続人にその内容や結果を理解する能力があったかを個別に検討します。

(4)領収書や家計簿

引き出した相続人が「本人のために使った」と説明する場合には、領収書、請求書、家計簿、介護費用の明細などを確認します。

すべての生活費について領収書が残っているとは限りませんが、引出額と被相続人の生活状況が大きくかけ離れていないかを検討する必要があります。

(5)電子メールやメッセージ

相続人間の電子メール、LINEなどのメッセージに、預金の管理や贈与についてのやり取りが残っていることがあります。

重要なメッセージは、相手方が送信を取り消したり、端末の故障によって失われたりする前に、前後のやり取りを含めて保存しておくことが大切です。

7 使い込まれた遺産を取り戻す方法

(1)相続人同士で説明と資料開示を求める

まず、預金を管理していた相続人に対し、取引履歴や領収書を示しながら、引出しの理由と使途について説明を求めます。

この段階で使途が明らかになり、相続人間で合意できれば、使い込まれた金額をその相続人の取得分から差し引くなどして解決できる場合があります。

ただし、口頭だけで話合いをすると、後になって説明内容が変わることがあります。質問事項や回答内容は、できる限り書面などの記録に残すことが重要です。

(2)遺産分割協議で調整する

相続人全員が合意する場合には、使い込みが疑われる金額を考慮して遺産分割を行うことができます。

例えば、遺産を使った相続人の取得分を減らし、他の相続人の取得分を増やす方法です。

もっとも、相手方が使い込み自体を否定している場合には、遺産分割協議だけでの解決は難しくなります。

(3)遺産分割調停を申し立てる

話合いがまとまらない場合には、家庭裁判所へ遺産分割調停を申し立てることが考えられます。

調停では、調停委員を介して、遺産の範囲や分け方について話し合います。

相続開始後に処分された遺産については、民法906条の2によって遺産分割の中で処理できる場合があります。

一方、生前の預金引出しについて、相手方が無断使用を否定している場合には、その返還請求は遺産分割とは別の民事訴訟で解決しなければならないことがあります。

(4)不当利得返還請求をする

法律上の原因なく被相続人や他の相続人の財産を取得した者に対しては、不当利得返還請求を行うことが考えられます。

例えば、被相続人に無断で預金を引き出し、自分の借金返済や生活費に使っていた場合などです。

(5)不法行為に基づく損害賠償を請求する

故意または過失によって被相続人や他の相続人の権利を侵害した場合には、不法行為に基づく損害賠償請求を検討できます。

不当利得返還請求と不法行為に基づく請求のいずれを選択するかは、事実関係、立証可能性、消滅時効などを踏まえて判断します。

(6)仮差押えを検討する

使い込んだ相続人が財産を隠したり処分したりするおそれがある場合には、訴訟を起こす前または訴訟中に、預金や不動産などの仮差押えを検討することがあります。

裁判に勝っても、相手方に財産が残っていなければ、実際に回収できない可能性があるためです。

仮差押えには、保全の必要性を示す資料や、裁判所が定める担保金が必要になるのが一般的です。

8 返還請求には消滅時効がある

遺産の使い込みに対する返還請求は、いつまでも行えるわけではありません。

不当利得返還請求権や不法行為に基づく損害賠償請求権には、それぞれ消滅時効があります。

いつから時効期間が進行するか、どの時効期間が適用されるかは、引出しの時期、使い込みを知った時期、請求の法的構成、改正民法の経過措置などによって異なります。

また、使い込みをした相続人に請求書を送っただけでは、時効の完成を確実に防げない場合があります。

古い引出しが問題になるときは、「まだ相続の話合い中だから大丈夫」と考えず、早期に弁護士へ相談することが重要です。

9 相続放棄をした人が使い込んでいた場合

相続放棄をした人は、法律上、初めから相続人ではなかったものとみなされます。

しかし、相続放棄をすれば、それ以前に行った財産の使い込みについて責任を負わなくなるわけではありません。

被相続人の預金を無断で取得していた場合には、相続放棄をした後であっても、不当利得返還請求や損害賠償請求を受ける可能性があります。

また、被相続人の死亡後に遺産を自分のために費消した場合には、その行為の内容によって、相続放棄の効力や単純承認との関係が問題になることもあります。

10 使い込みと特別受益の違い

被相続人の生前に相続人が財産を受け取っていた場合でも、それが常に違法な使い込みになるわけではありません。

被相続人の意思に基づく贈与であれば、その財産を返還する義務は原則としてありません。ただし、その贈与が婚姻、養子縁組、生計の資本のための贈与に当たる場合には、「特別受益」として遺産分割の際に考慮されることがあります。

つまり、次のように区別する必要があります。

  • 被相続人に無断で取得した場合
    不当利得返還請求や損害賠償請求の問題
  • 被相続人の有効な意思に基づいて贈与された場合
    特別受益として遺産分割で考慮するかという問題
  • 被相続人の判断能力がなく、贈与が無効である場合
    財産の返還請求の問題

「多額のお金を受け取っている」という事実だけでは、使い込みか、贈与か、特別受益かを判断できません。

11 使い込みが相続税申告に影響することもある

被相続人の預金が生前または相続開始後に引き出されていたとしても、本来は被相続人の財産または相続財産として相続税の課税対象になる場合があります。

相続人の一人が財産を隠していたため、当初の相続税申告から漏れていた場合には、修正申告や追加納税が必要になる可能性があります。延滞税や加算税が問題になることもあります。

一方、生前贈与として扱われる場合には、贈与税や相続税の生前贈与加算との関係を検討しなければなりません。

遺産の使い込みが疑われるケースでは、遺産分割や返還請求だけでなく、相続税申告への影響も併せて確認することが重要です。

12 よくある質問

Q1 通帳を持っている相続人が見せてくれません。調査できますか

通帳がなくても、相続人であることを証明する戸籍謄本等を提出することにより、金融機関から被相続人名義の口座の残高証明書や取引履歴を取得できる場合があります。

必要書類や開示可能な期間は金融機関によって異なるため、各金融機関への確認が必要です。

Q2 10年以上前の引出しも調べられますか

金融機関に取引記録が残っていれば調査できる可能性がありますが、保存期間を経過して資料が廃棄されていることもあります。

また、返還請求権の消滅時効も問題になります。古い引出しについては、できるだけ早く調査を始める必要があります。

Q3 相手方が「親からもらった」と主張しています

被相続人から贈与を受けたと主張する場合には、贈与が実際にあったのか、被相続人に贈与する意思と判断能力があったのかを検討します。

贈与契約書の有無だけでなく、引出し当時の被相続人の健康状態、医療記録、金額、資金の使途、他の相続人への説明などが判断材料になります。

有効な贈与であった場合でも、特別受益として遺産分割で考慮される可能性があります。

Q4 葬儀費用として引き出したと言われました

実際に葬儀費用などへ支出され、領収書や明細によって確認できる場合には、直ちに使い込みとはいえません。

ただし、引出額が実際の葬儀費用を大きく上回っている場合や、残金の使途が説明されない場合には、その差額について返還請求を検討することがあります。

なお、葬儀費用を最終的に誰が負担するかは、遺産分割とは別の問題となる場合があります。

Q5 警察に被害届を出せば解決しますか

相続人間の預金引出しについては、民事上の紛争として扱われ、警察が直ちに捜査を開始するとは限りません。

また、親族間の財産犯罪については、犯罪の種類や親族関係によって刑法上の特例が問題になることもあります。

財産を取り戻すことが目的であれば、取引履歴などの証拠を収集し、民事上の返還請求を検討することが基本になります。

Q6 使い込んだ金額を、その相続人の相続分から差し引けますか

相続人全員が合意すれば、その金額を考慮して遺産分割を行うことができます。

相続開始後に処分された遺産については、民法906条の2により、一定の条件の下で遺産分割の対象として扱える場合があります。

一方、生前の引出しについて相手方が使い込みを否定している場合には、当然に相続分から差し引けるとは限らず、別途、返還請求訴訟が必要になることがあります。

13 使い込みを疑ったときにしてはいけないこと

使い込みを疑ったとしても、相手方の自宅へ無断で立ち入ったり、スマートフォンや電子メールを勝手に閲覧したりすることは避けなければなりません。

違法な方法で証拠を集めると、別の紛争が生じるおそれがあります。

また、十分な証拠がない段階で、親族や第三者に対して「遺産を盗んだ」などと断定的に伝えると、名誉毀損等の問題になる可能性もあります。

まずは、金融機関の取引履歴など、適法に取得できる客観的資料を集めることが重要です。

まとめ

相続人による遺産の使い込みが疑われる場合には、預金の引出しが行われた時期、金額、使途、被相続人の承諾や判断能力などを確認する必要があります。

特に重要なのは、次の点です。

  • 生前の引出しか、相続開始後の引出しかを区別する
  • 金融機関から取引履歴を早めに取得する
  • 医療・介護記録、領収書、メッセージなどを保全する
  • 使い込みか、生前贈与・特別受益かを区別する
  • 遺産分割で処理できるか、別途訴訟が必要かを判断する
  • 消滅時効や相手方の財産処分に注意する
  • 相続税申告への影響も確認する

使い込みが疑われるケースでは、時間が経過するほど、金融機関の資料が廃棄されたり、関係者の記憶が薄れたりして、立証が難しくなることがあります。

弁護士法人結の杜総合法律事務所では、仙台・宮城を中心に、遺産分割、預貯金の使い込み、生前贈与、特別受益、遺留分など、相続に関するご相談をお受けしています。

当事務所には税理士事務所も併設されているため、遺産分割や返還請求だけでなく、相続税申告への影響も含めて検討することが可能です。

「相続人が通帳を開示してくれない」「死亡前後に多額の預金が引き出されている」「贈与だったと言われているが納得できない」といった場合には、早めに当事務所へご相談ください。

※本記事は令和8年(2026年)9月時点の法令に基づく一般的な説明です。個別の事案では、引出しの時期、相続開始時期、証拠、当事者の関係、消滅時効などによって適切な対応が異なります。

📌 「結の杜総合法律事務所の総合サイト」はこちら

コラム「住所・氏名変更登記が義務化―不動産所有者が知っておくべき期限・手続・過料を弁護士が解説」

2026-09-04

1 はじめに

2026年(令和8年)4月1日から、不動産の所有者について、住所や氏名・名称に変更があった場合の変更登記が義務化されました。

これまでは、引っ越しや結婚などによって住所・氏名が変わっても、変更登記の申請期限や罰則はありませんでした。そのため、登記簿には以前の住所や氏名が記載されたままというケースも少なくありません。

しかし、現在は、原則として変更日から2年以内に住所等の変更登記を申請しなければなりません。正当な理由なく申請を怠った場合には、5万円以下の過料が科される可能性があります。

また、義務化前に住所や氏名が変わっていた場合も対象となります。

本稿では、住所・氏名変更登記の義務化について、誰が対象になるのか、いつまでに申請しなければならないのか、過去の変更を放置している場合はどうすればよいのか、登記を自動で変更してもらえる「スマート変更登記」とは何かについて解説します。

2 住所・氏名変更登記とは

土地や建物の登記簿には、所有者の氏名または名称と住所が記録されています。

その後、引っ越し、結婚、離婚、会社の本店移転、商号変更などによって登記簿上の情報に変更が生じた場合、現在の情報に改める手続が「所有権登記名義人の住所・氏名等の変更登記」です。

対象となるのは、例えば次のような場合です。

  • 自宅を購入した後に転居した
  • 不動産を所有したまま複数回引っ越した
  • 結婚や離婚、養子縁組などにより氏名が変わった
  • 住居表示の実施により住所の表示が変わった
  • 不動産を所有する会社が本店を移転した
  • 不動産を所有する会社が商号を変更した
  • 海外へ転居した
  • 海外から日本へ帰国した

住民票や戸籍、会社の商業登記を変更しただけで、不動産登記簿上の住所や氏名が必ず自動的に変更されるわけではありません。

ただし、後述する「スマート変更登記」を利用する場合などには、法務局による職権での変更登記を受けられる制度が設けられています。

3 誰が義務化の対象になるのか

対象となるのは、土地や建物について所有権の登記名義人となっている個人または法人です。

具体的には、次のような不動産が対象になります。

  • 自宅の土地・建物
  • マンション
  • アパートや貸家
  • 駐車場
  • 田畑や山林
  • 事業用地
  • 店舗・事務所・工場
  • 使用していない空き家や土地
  • 共有名義の不動産
  • 法人名義の不動産

現在、その不動産を使用しているかどうかは関係ありません。

共有不動産の場合には、住所や氏名が変わった共有者ごとに変更登記を行う必要があります。

一方、賃借人や抵当権者など、所有権の登記名義人ではない者については、今回の義務化の対象ではありません。

4 いつまでに登記しなければならないのか

(1)2026年4月1日以降に変更した場合

2026年4月1日以降に住所や氏名・名称が変わった場合には、その変更日から2年以内に変更登記を申請する必要があります。

例えば、2026年9月1日に住所を変更した場合、原則として2028年9月1日までに申請しなければなりません。

(2)2026年4月1日より前に変更している場合

義務化前に住所や氏名が変わっているにもかかわらず、変更登記をしていない場合も対象です。

この場合には、原則として2028年(令和10年)3月31日までに変更登記を申請する必要があります。

したがって、「昔の住所のままだが、変更したのは義務化前なので関係ない」ということにはなりません。

法務省も、義務化前の変更について経過措置の対象となることを明示しています。法務省「住所等変更登記の義務化について」

5 住所を何度も変更している場合はどうなるのか

不動産を取得した後、変更登記をしないまま複数回転居している場合には、登記簿上の住所から現在の住所までのつながりを証明する必要があります。

例えば、登記簿上の住所がA市、その後B市、C市へ転居し、現在はD市に住んでいる場合、A市からD市まで住所が連続して移転したことを確認できる資料が必要です。

一般的には、次のような書類を使用します。

  • 住民票の写し
  • 住民票の除票
  • 戸籍の附票
  • 戸籍の附票の除票
  • 住居表示実施証明書
  • 町名地番変更証明書

保存期間の経過などにより、古い住民票の除票や戸籍の附票を取得できない場合もあります。

その場合には、不在住証明書、不在籍証明書、不動産の権利証や登記識別情報、固定資産税の納税通知書など、別の資料を組み合わせて同一人物であることを説明しなければならないことがあります。

住所変更の回数が多い場合や、登記簿上の住所が非常に古い場合は、早めに必要書類を確認することが重要です。

6 氏名が変わっている場合に必要な手続

結婚、離婚、養子縁組などによって氏名が変わった場合には、氏名変更登記が必要です。

一般的には、変更前後の氏名のつながりを確認できる戸籍謄本や抄本などを用意します。

氏名と住所の両方が変わっている場合には、一つの申請で住所・氏名変更登記を行うこともできます。

ただし、複数回の氏名変更や転居がある場合には、戸籍や戸籍の附票などによって、登記簿上の人物と現在の申請人が同一であることを証明する必要があります。

7 登記申請はどこに、どのように行うのか

住所・氏名変更登記は、対象となる不動産の所在地を管轄する法務局に申請します。

申請方法には、主に次の3つがあります。

  • 法務局の窓口へ提出する
  • 郵送で申請する
  • オンラインで申請する

複数の不動産を所有しており、管轄する法務局が異なる場合には、原則として、それぞれの管轄法務局への申請が必要です。

申請には、一般に次のような書類を使用します。

  • 登記申請書
  • 住所変更を証明する住民票や戸籍の附票など
  • 氏名変更を証明する戸籍謄本等
  • 法人の場合には会社法人等番号など
  • 委任して申請する場合には委任状

必要書類は、変更内容や住所移転の回数、法人・個人の別などによって異なります。

8 登録免許税はいくらかかるのか

住所・氏名変更登記の登録免許税は、原則として不動産1個につき1,000円です。

ここでいう「不動産1個」は、土地と建物を別々に数えます。

例えば、戸建住宅について土地1筆と建物1棟を所有している場合には、通常、土地と建物の合計2個となり、登録免許税は2,000円です。

敷地が複数の筆に分かれている場合や、マンションの敷地権化されていない土地を共有している場合などには、不動産の個数が増えることがあります。

なお、住居表示の実施や行政区画・町名地番の変更など、所有者の転居によらない住所表示の変更については、証明書を添付することで登録免許税が非課税となる場合があります。

9 申請を怠った場合はどうなるのか

正当な理由なく、期限内に住所・氏名変更登記を申請しなかった場合には、5万円以下の過料が科される可能性があります。

もっとも、期限を一日でも過ぎれば直ちに過料が科されるという仕組みではありません。

法務局が義務違反を把握した場合には、まず登記申請をするよう催告し、催告を受けても正当な理由なく申請しない場合に、裁判所へ通知する運用が想定されています。

また、次のような事情があるときは、「正当な理由」が認められる場合があります。

  • 重い病気などにより登記申請が困難である
  • DV被害などにより生命・身体に危害が及ぶおそれがある
  • 経済的に困窮しており、登記費用を負担する能力がない
  • 登記簿上の住所から現在の住所までの経緯を証明する資料の収集に時間を要する
  • 所有権の帰属などについて争いがあり、申請できない事情がある

ただし、「忙しかった」「制度を知らなかった」「登記するのを忘れていた」という理由だけで、当然に正当な理由が認められるとは限りません。

法務省の案内では、正当な理由なく義務に違反した場合、5万円以下の過料の対象となることが示されています。法務省「住所等変更登記の義務化特設ページ」

10 登記を放置することによる過料以外のリスク

住所・氏名変更登記を放置することには、過料以外にも次のようなリスクがあります。

  • 不動産を売却するときに、先に変更登記が必要になる
  • 住宅ローンの借換えや抵当権設定の手続が遅れる
  • 相続が発生したときに、相続人による資料収集が難しくなる
  • 古い住所から現在の住所までのつながりを証明できなくなる
  • 法務局や第三者からの通知が届かない
  • 所有者の確認が困難となり、不動産取引に支障が生じる
  • 法人の合併、解散、清算などの際に手続が複雑になる

特に、住所変更を長期間放置すると、住民票の除票や戸籍の附票の保存期間が経過し、必要な証明書を取得できなくなることがあります。

将来売却する予定がない不動産であっても、早めに登記簿の記載を確認しておくことをお勧めします。

11 「スマート変更登記」とは

住所・氏名変更登記の義務化に伴い、個人については、法務局が住民基本台帳ネットワークの情報を定期的に照会し、本人の了解を得たうえで、職権で住所等の変更登記を行う仕組みが始まっています。

これが、いわゆる「スマート変更登記」です。

個人がこの仕組みを利用するには、あらかじめ法務局に次のような「検索用情報」を申し出る必要があります。

  • 氏名
  • 氏名の振り仮名
  • 住所
  • 生年月日
  • メールアドレス

検索用情報の申出を行うと、法務局が住民基本台帳ネットワークを通じて住所等の変更を確認します。変更が確認された場合には、原則として本人に確認したうえで、法務局が職権で変更登記を行います。

自ら変更登記を申請しなくても義務を履行でき、職権登記について登録免許税もかからないというメリットがあります。

検索用情報の申出は、法務局の「かんたん登記申請」などを利用して、オンラインで行うことができます。法務省「スマート変更登記のご利用方法」

12 検索用情報の申出は誰でも必要なのか

2025年(令和7年)4月21日以降、個人が所有権の保存登記や移転登記などを申請する際には、原則として検索用情報も併せて申し出ることになっています。

これより前から不動産を所有している人も、検索用情報だけを申し出ることができます。

ただし、検索用情報を申し出ていないからといって、直ちに過料の対象になるわけではありません。義務となるのは、住所や氏名に変更があった場合の変更登記です。

検索用情報の申出は、将来の住所変更登記等の負担を減らすための制度と位置付けられます。

なお、メールアドレスを持っていない場合なども手続は可能ですが、法務局からの連絡方法が異なることがあります。

13 法人が所有する不動産はどうなるのか

会社や法人が不動産を所有している場合も、本店・主たる事務所の移転や名称変更があれば、住所・名称変更登記の義務化の対象になります。

もっとも、法人については、法務局が商業・法人登記の情報と不動産登記の情報を照合し、変更を確認した場合に職権で不動産の変更登記を行う仕組みがあります。

この仕組みを利用するには、不動産登記に会社法人等番号が記録されていることが必要です。記録されていない場合には、会社法人等番号の申出を検討する必要があります。

注意しなければならないのは、会社の本店移転登記を行えば、不動産登記簿も常に直ちに自動変更されるとは限らないことです。

会社が本店を移転した場合には、次の事項を確認することが重要です。

  • 商業・法人登記の本店移転登記が完了しているか
  • 所有不動産の登記簿に会社法人等番号が記録されているか
  • 不動産登記簿上の本店所在地が現在の所在地と一致しているか
  • 法務局による職権登記が行われているか

法務省は、会社法人等番号を利用して、法人の住所・名称変更を職権で不動産登記に反映する仕組みを案内しています。法務省「住所等変更登記の義務化」

14 相続登記の義務化とは別の制度

住所・氏名変更登記の義務化は、2024年(令和6年)4月1日に始まった相続登記の義務化とは別の制度です。

両者の違いは次のとおりです。

制度 義務が生じる主な場面 原則的な期限 過料
相続登記 相続により不動産を取得したことを知った場合 その日から3年以内 10万円以下
住所・氏名変更登記 所有者の住所・氏名等が変わった場合 変更日から2年以内 5万円以下

例えば、親から相続した土地について相続登記をした後、自分が転居した場合には、相続登記だけでなく、その後の住所変更登記も必要になります。

15 よくある質問

Q1 自宅の住所を変更すれば、不動産登記も自動で変わりますか

原則として、住民票の住所を変更しただけでは、不動産登記簿の住所は自動的には変更されません。

もっとも、検索用情報を申し出てスマート変更登記を利用している個人については、法務局による職権登記を受けられる場合があります。

Q2 義務化前に引っ越していますが、登記は必要ですか

必要です。

2026年4月1日より前に住所が変わり、変更登記をしていない場合には、原則として2028年3月31日までに登記する必要があります。

Q3 不動産を売却する予定がなくても必要ですか

必要です。

居住や利用の有無、売却予定の有無にかかわらず、所有権の登記名義人である限り対象になります。

Q4 住所変更登記は自分でもできますか

自分で申請することもできます。

ただし、複数回転居している、必要な住民票の除票が取得できない、氏名と住所の両方が変わっている、共有不動産や多数の不動産があるといった場合には、必要書類や申請内容が複雑になることがあります。

なお、登記申請の代理を業務として行う専門家は司法書士です。弁護士が受任中の事件に付随して登記手続を扱う場合などを除き、通常の登記申請のみを依頼する場合には司法書士への相談が一般的です。

Q5 住宅ローンが残っていても変更登記はできますか

できます。

住宅ローンや抵当権が設定されていても、所有者の住所・氏名変更登記を行うことは可能です。

金融機関にも住所・氏名変更の届出が必要となることがありますので、別途確認しましょう。

Q6 会社の本店移転登記を済ませれば何もしなくてよいですか

必ずしもそうとは限りません。

会社法人等番号が不動産登記に記録され、法務局が変更を確認できる状態になっているかを確認する必要があります。所有不動産の登記事項証明書を取得し、現在の本店所在地と一致しているかを確認するとよいでしょう。

16 今すぐ確認すべきチェックリスト

不動産を所有している個人・法人は、次の事項を確認してみましょう。

  • 所有している土地・建物をすべて把握しているか
  • 登記事項証明書の住所・氏名等が現在の情報と一致しているか
  • 過去に転居した後、変更登記をしているか
  • 結婚や離婚などによる氏名変更を登記に反映しているか
  • 複数回の住所変更を証明できる書類があるか
  • 共有不動産について各共有者の情報が正しいか
  • 相続した不動産の相続登記が済んでいるか
  • 検索用情報の申出をしているか
  • 法人所有の不動産に会社法人等番号が記録されているか
  • 2026年4月1日より前の変更について、2028年3月31日の期限を確認したか

所有不動産を正確に把握できていない場合には、2026年2月2日に始まった「所有不動産記録証明制度」の利用も考えられます。

17 まとめ

2026年4月1日から、不動産所有者の住所・氏名等の変更登記が義務化されました。

重要なポイントは、次のとおりです。

  • 住所や氏名等の変更日から2年以内に申請する
  • 義務化前の変更も対象となる
  • 義務化前の変更は、原則として2028年3月31日までに申請する
  • 正当な理由なく申請を怠ると、5万円以下の過料の可能性がある
  • 個人は検索用情報を申し出ることで、スマート変更登記を利用できる
  • 法人は不動産登記への会社法人等番号の記録状況を確認する
  • 相続登記の義務化とは別の制度である

長期間変更登記をしていない場合、古い住所から現在の住所までのつながりを証明する資料の収集が難しくなることがあります。

「いつか売却するときに対応すればよい」と考えず、まずは所有不動産の登記事項証明書を取得し、住所・氏名等が現在の情報と一致しているか確認することが大切です。

不動産・相続・法人に関するご相談は当事務所へ

弁護士法人結の杜総合法律事務所では、仙台・宮城を中心に、不動産、相続、会社法務に関するご相談をお受けしています。

住所・氏名変更登記そのものに加え、次のような問題がある場合には、法的関係を含めた総合的な検討が必要です。

  • 相続した不動産の名義が先代のままになっている
  • 所有者や相続人の所在が分からない
  • 共有者の一部と連絡が取れない
  • 不動産の所有権や共有持分に争いがある
  • 売却や担保設定の前提として登記を整理したい
  • 会社の本店移転、組織再編、解散に伴い不動産の整理が必要になった
  • 不動産の処分に相続税、譲渡所得税その他の税務問題が関係する

当事務所には税理士事務所が併設されているため、相続不動産や法人所有不動産について、必要に応じて法務と税務の両面から検討することが可能です。

また、仙台の本店に加えて東京支店を設けており、宮城県内の不動産だけでなく、東京・首都圏にある不動産や、複数地域にまたがる相続・法人案件にも対応しています。

登記申請について司法書士による手続が必要な場合には、事案に応じて司法書士と連携しながら対応します。登記簿の住所や名義に問題がある場合には、期限直前まで放置せず、早めにご相談ください。

▶「結の杜総合法律事務所の総合サイト」はこちら

コラム「【2026年開始】亡くなった親の不動産を調べる方法|所有不動産記録証明制度を弁護士が解説」

2026-08-07

親が亡くなって相続手続を始めようとしても、「親がどこに、どのような不動産を所有していたのか分からない」ということがあります。

自宅の土地・建物だけでなく、遠方の山林や農地、先代から相続した土地、わずかな共有持分などが残されていることも珍しくありません。

これまでは、固定資産税の納税通知書や市区町村の名寄帳などを手掛かりに、一つずつ不動産を調査する必要がありました。しかし、名寄帳は原則として市区町村ごとに取得しなければならず、相続人が把握していない地域にある不動産を発見することは容易ではありませんでした。

そこで、2026年(令和8年)2月2日から、新たに「所有不動産記録証明制度」が始まりました。

この制度を利用すると、亡くなった方が登記簿上の所有者として記録されている不動産を、全国の登記情報から一覧的に調べることができます。

本記事では、所有不動産記録証明制度の内容、請求できる人、手続方法、利用する際の注意点について、弁護士が解説します。

1 所有不動産記録証明制度とは

所有不動産記録証明制度とは、特定の人が所有権の登記名義人として記録されている不動産を、登記情報から検索し、一覧にした「所有不動産記録証明書」の交付を受けられる制度です。

例えば、父親が亡くなった場合、相続人が父親の氏名や住所などを検索条件として請求することで、父親名義で登記されている土地や建物を一覧的に確認できます。

所有不動産記録証明書には、主に次のような情報が記載されます。

  • 不動産番号
  • 土地の所在・地番
  • 建物の所在・家屋番号
  • 登記名義人の氏名・住所
  • 所有権の持分
  • 検索に使用した氏名・住所などの条件

これまでのように、不動産がありそうな市区町村を一つずつ推測して調査する必要がなくなるため、相続財産調査の負担を大きく軽減できる可能性があります。

2 なぜこの制度が作られたのか

所有不動産記録証明制度が設けられた背景には、相続した不動産が把握されないまま放置され、所有者不明土地が増加してきたという問題があります。

被相続人が複数の地域に不動産を所有している場合、相続人がそのすべてを把握できるとは限りません。

特に、次のような不動産は見落とされやすい傾向があります。

  • 遠方にある山林や農地
  • 固定資産税が課税されていない土地
  • 評価額が低い土地
  • 私道や墓地などの共有持分
  • 祖父母やさらに前の世代から引き継いだ土地
  • 被相続人が若い頃に取得した土地
  • 所有権の一部の持分だけを有する不動産

相続人が存在を知らなければ、遺産分割協議の対象にもならず、相続登記も行われません。

そこで、登記名義人の氏名・住所などを手掛かりに、全国の不動産を一覧的に検索できる仕組みが導入されました。

3 誰が請求できるのか

所有不動産記録証明書を請求できるのは、主に次の人です。

(1)不動産の登記名義人本人

自分が所有権の登記名義人として記録されている不動産について、証明書を請求できます。

例えば、「自分が昔取得した土地を含め、どのような不動産を所有しているのか確認したい」という場合にも利用できます。

(2)登記名義人の相続人

登記名義人が亡くなっている場合、その相続人は、亡くなった方の所有不動産について証明書を請求できます。

配偶者や子だけでなく、相続関係によっては、親、兄弟姉妹、甥・姪などが請求できる場合もあります。

もっとも、相続人として請求する場合は、戸籍謄本などによって、被相続人が死亡したことや、請求者が相続人であることを証明する必要があります。

(3)代理人

本人や相続人から委任を受けた代理人も請求できます。

その場合には、原則として委任状などが必要です。

なお、所有不動産記録証明書は、通常の登記事項証明書とは異なり、誰でも自由に請求できるものではありません。個人の財産に関する情報であるため、請求できる人が限定されています。

4 どのように不動産を検索するのか

所有不動産記録証明制度では、登記簿に記録されている所有者の氏名・住所などを検索条件として不動産を調べます。

ここで重要なのは、検索条件として入力した氏名・住所と、登記簿に記録されている氏名・住所が一致しなければ、不動産が検索結果に表示されない可能性があるという点です。

例えば、被相続人が生前に何度も転居しているにもかかわらず、不動産登記上の住所変更をしていなかった場合には、現在の住所だけで検索しても、古い住所で登記された不動産が見つからないことがあります。

そのため、被相続人について、次の情報をできる限り確認しておく必要があります。

  • 死亡時の氏名・住所
  • 旧姓
  • 過去の住所
  • 氏名の旧字体・異体字
  • 住居表示実施前の住所
  • 海外居住歴がある場合の住所や氏名表記

過去の住所は、戸籍の附票や住民票の除票などから確認できる場合があります。

複数の氏名・住所を検索条件とする場合には、その氏名や住所を証明する戸籍、戸籍の附票、住民票の除票などが必要になることがあります。

5 請求に必要な書類

相続人が、亡くなった方の所有不動産記録証明書を請求する場合、一般的には次のような書類が必要になります。

  • 所有不動産記録証明書交付請求書
  • 被相続人の死亡が分かる戸籍・除籍謄本
  • 請求者が相続人であることを証明する戸籍謄本
  • 被相続人の住所を確認できる住民票の除票または戸籍の附票
  • 請求者の本人確認書類
  • 過去の氏名・住所を検索する場合、それを証明する書類
  • 代理人が請求する場合は委任状
  • 郵送請求の場合は返信用封筒・切手

ただし、相続関係や検索条件によって必要書類は異なります。

法定相続情報一覧図の写しを取得している場合には、戸籍一式に代えて利用できることがあります。

6 請求方法と手数料

所有不動産記録証明書は、次の方法で請求できます。

(1)法務局の窓口で書面請求する方法

所定の交付請求書と必要書類を法務局に提出します。

書面請求の手数料は、検索条件1件につき、証明書1通当たり1,600円です。手数料は収入印紙で納付します。

(2)法務局へ郵送で請求する方法

請求書、必要書類、収入印紙、返信用封筒・切手などを郵送して請求することもできます。

窓口に出向く必要がないため、遠方に住んでいる相続人でも利用できます。

(3)オンラインで請求する方法

登記・供託オンライン申請システムの申請用総合ソフトを利用して、オンラインで請求する方法もあります。

オンライン請求の手数料は、交付方法によって次のとおりです。

  • 郵送で受け取る場合:1,500円
  • 法務局の窓口で受け取る場合:1,470円

オンライン請求の手数料は、インターネットバンキングやペイジー対応ATMなどによる電子納付となります。

なお、手数料は証明書全体で一律ではなく、原則として「検索条件ごと」にかかります。

例えば、被相続人について4種類の氏名・住所を検索条件として書面請求する場合、1,600円×4件で6,400円となる場合があります。

7 所有不動産記録証明書を取得すれば、すべての不動産が判明するのか

所有不動産記録証明制度は非常に便利ですが、証明書を取得すれば、被相続人に関係するすべての不動産が必ず判明するとは限りません。

特に、次のような場合には注意が必要です。

(1)登記簿上の住所と検索条件が一致しない場合

被相続人が住所変更登記をしていなかった場合、死亡時の住所だけで検索しても、古い住所で登記されている不動産が表示されない可能性があります。

過去の住所が複数ある場合には、それぞれを検索条件とすることを検討する必要があります。

(2)氏名の表記が異なる場合

旧姓、旧字体、異体字などにより、検索条件と登記簿上の氏名が一致しないことがあります。

例えば、「髙」と「高」、「﨑」と「崎」など、文字の違いにも注意が必要です。

(3)登記されていない建物など

所有不動産記録証明制度は、登記情報を検索する制度です。

そのため、そもそも登記されていない建物などは、原則として検索結果に表示されません。

(4)被相続人以外の名義になっている場合

実際には被相続人が代金を支払った不動産でも、登記名義が別人であれば、被相続人の氏名・住所による検索結果には表示されません。

反対に、登記名義は被相続人であるものの、実質的な所有者について争いがある場合には、別途法的な検討が必要です。

(5)証明書だけでは権利関係の詳細が分からない場合

所有不動産記録証明書は、不動産を一覧的に把握するための資料です。

抵当権の有無、差押えの有無、共有者の詳細など、すべての登記事項が記載されるわけではありません。

不動産が判明した後は、各不動産の登記事項証明書を取得し、詳しい権利関係を確認する必要があります。

8 名寄帳との違い

不動産調査の方法としては、市区町村が発行する「名寄帳」もあります。

両者の主な違いは、次のとおりです。

項目 所有不動産記録証明書 名寄帳
情報の基礎 法務局の登記情報 市区町村の固定資産課税情報
調査範囲 全国の登記情報 原則として各市区町村内
主な目的 登記名義人の不動産を一覧的に確認する 固定資産税の課税対象を確認する
未登記建物 原則として把握できない 課税されていれば掲載される可能性がある
住所・氏名の不一致 検索されない可能性がある 課税情報の内容による

両方の制度にはそれぞれ長所と限界があります。

そのため、相続財産をできる限り漏れなく調査するには、所有不動産記録証明書だけに頼らず、次の資料も併せて確認することが重要です。

  • 固定資産税の納税通知書
  • 市区町村の名寄帳
  • 登記事項証明書
  • 権利証・登記識別情報通知
  • 売買契約書
  • 預金通帳の固定資産税引落履歴
  • 被相続人宛ての郵便物
  • 自治体や土地改良区からの通知
  • 火災保険・地震保険の契約書類

9 不動産が見つかった後に必要な手続

所有不動産記録証明書を取得しただけでは、相続手続が完了するわけではありません。

不動産が判明した後は、通常、次のような手続が必要になります。

1.各不動産の登記事項証明書を取得する

2.固定資産評価証明書などを取得して評価額を確認する

3.遺言書の有無を確認する

4.相続人と相続財産を確定する

5.相続人間で遺産分割協議を行う

6.遺産分割協議書を作成する

7.相続登記を申請する

8.必要に応じて相続税を申告する

相続人間で話合いがまとまらない場合には、家庭裁判所に遺産分割調停を申し立てることも検討します。

また、不動産を誰が取得するかによって、相続税だけでなく、将来売却した場合の譲渡所得税や、他の相続人に支払う代償金などにも違いが生じます。

遺産分割の方法を決める際には、法律面と税務面の両方から検討することが重要です。

10 相続登記には期限がある

2024年(令和6年)4月1日から、相続登記の申請が義務化されています。

相続によって不動産を取得した相続人は、原則として、相続によって所有権を取得したことを知った日から3年以内に相続登記を申請しなければなりません。

正当な理由なく期限内に申請しなかった場合には、10万円以下の過料が科される可能性があります。

また、相続登記の義務化前に発生した相続も対象です。過去の相続について相続登記をしていない場合には、原則として2027年(令和9年)3月31日までに対応する必要があります。

遺産分割がまとまらず、期限内に通常の相続登記ができない場合には、「相続人申告登記」を利用して、ひとまず申請義務を履行する方法もあります。

ただし、相続人申告登記をしただけでは、遺産分割や最終的な相続登記が完了するわけではありません。遺産分割成立後には、改めてその内容に沿った登記が必要です。

11 よくある質問

Q1 父が不動産を持っていなかった場合も証明書は発行されますか

請求した検索条件に該当する不動産がない場合には、その旨を示す証明書が交付されます。

ただし、「該当する不動産がない」という結果であっても、別の住所や旧姓で登記された不動産、未登記建物などが存在しないことまで証明するものではありません。

Q2 兄弟の一人だけで請求できますか

共同相続人全員で請求する必要はなく、相続人の一人から請求できます。

ただし、被相続人との相続関係を戸籍などで証明する必要があります。

Q3 遺産分割協議の前でも請求できますか

請求できます。

むしろ、遺産分割協議を始める前に取得し、対象となる不動産をできる限り把握しておくことが重要です。

遺産の一部を見落としたまま協議すると、後から不動産が判明し、追加の遺産分割協議が必要になることがあります。

Q4 所有不動産記録証明書があれば、そのまま相続登記できますか

所有不動産記録証明書だけで相続登記ができるわけではありません。

相続登記には、戸籍関係書類、住民票、遺言書または遺産分割協議書、固定資産評価証明書などが必要になります。

Q5 相続人同士で不動産の分け方が決まらない場合はどうすればよいですか

まずは、不動産の評価額や利用状況、売却可能性などを確認したうえで協議します。

話合いがまとまらない場合には、家庭裁判所の遺産分割調停を利用します。

不動産の分け方には、一人が取得して他の相続人に代償金を支払う「代償分割」、不動産を売却して代金を分ける「換価分割」などがあります。安易に共有名義にすると、将来の売却や管理をめぐって新たな紛争が生じることがあるため、慎重な検討が必要です。

12 まとめ

2026年2月2日に始まった所有不動産記録証明制度により、亡くなった方が登記名義人となっている不動産を、全国の登記情報から一覧的に調べられるようになりました。

これまで把握が難しかった遠方の山林、農地、共有持分などを発見できる可能性があり、相続財産調査において非常に有用な制度です。

もっとも、検索条件となる氏名・住所と登記簿上の記録が一致しなければ、不動産が検索結果に表示されない可能性があります。また、未登記建物などは対象になりません。

相続財産を漏れなく調査するには、所有不動産記録証明書だけでなく、戸籍の附票、名寄帳、固定資産税の納税通知書、登記事項証明書なども併せて確認することが重要です。

不動産が判明した後には、遺産分割協議、相続登記、相続税申告などの手続が必要になります。

弁護士法人結の杜総合法律事務所では、相続財産の調査、遺産分割協議、遺産分割調停、相続登記に向けた手続などについてご相談をお受けしています。

当事務所には税理士事務所も併設しているため、不動産の分け方だけでなく、相続税や不動産売却時の税金なども含め、法律・税務の両面から検討することが可能です。

「亡くなった親の不動産がどこにあるか分からない」「不動産の分け方について相続人同士で話がまとまらない」といった場合には、お早めにご相談ください。

▶「結の杜総合法律事務所の総合サイト」はこちら

 

コラム「相続手続きは何から始めればいい?死亡後に必要な手続きを弁護士がチェックリストで解説」

2026-07-03

【この記事で分かること】

  • 相続開始後に何をすべきか時系列で分かる
  • 期限のある重要な手続き(3か月・4か月・10か月など)
  • 弁護士へ相談した方がよいケース
  • 相続税まで見据えた進め方

はじめに

ご家族が亡くなると、葬儀や各種届出と並行して相続手続きを進める必要があります。しかし、相続には期限のある手続きも多く、「何から始めればよいのか分からない」というご相談を数多くいただきます。本コラムでは、相続手続きを時系列で分かりやすく解説するとともに、弁護士へ相談すべき場面や相続税との関係についても説明します。

相続手続きの流れ

ご逝去
 ↓
遺言書の確認
 ↓
相続人調査
 ↓
相続財産調査
 ↓
相続放棄の検討(3か月)
 ↓
遺産分割協議
 ↓
相続税申告(10か月)
 ↓
相続登記・名義変更

チェックリスト

時期 主な手続き
死亡直後 死亡届、葬儀、遺言書の確認
できるだけ早く 相続人・相続財産の調査
3か月以内 相続放棄・限定承認の検討
4か月以内 準確定申告(必要な場合)
10か月以内 相続税申告・納税(必要な場合)
3年以内(原則) 相続登記
その後 預貯金・株式・自動車等の名義変更

1 遺言書を確認する

まず確認したいのが、故人が遺言書を残していないかという点です。

遺言書があるかどうかで、その後の手続きは大きく変わります。

例えば、

  • 公正証書遺言
  • 法務局保管の自筆証書遺言
  • 自宅保管の自筆証書遺言

では手続きが異なります。

なお、自宅で見つかった自筆証書遺言は、原則として家庭裁判所で「検認」の手続きが必要です。開封してしまう前に、弁護士へ相談することをおすすめします。

2 相続人を調査する

相続人は戸籍によって確定します。

「配偶者と子だけだから大丈夫」と思っていても、

  • 前婚の子どもがいる
  • 認知した子どもがいる
  • 養子縁組をしている

など、戸籍を調査して初めて分かるケースもあります。

相続人を誤って遺産分割を行うと、後にやり直しが必要になる可能性があります。

3 相続財産を調査する

相続財産はプラスの財産だけではありません。

例えば、

プラスの財産

  • 預貯金
  • 不動産
  • 株式
  • 投資信託
  • 自動車
  • 生命保険金(一定の場合)

マイナスの財産

  • 借金
  • 住宅ローン
  • 保証債務
  • 未払税金

財産を十分に調査せずに相続すると、思わぬ借金を引き継いでしまう可能性があります。

4 相続放棄を検討する

借金が多い場合などには、相続放棄を検討する必要があります。

相続放棄は、

「自己のために相続の開始があったことを知った日から3か月以内」

に家庭裁判所へ申述しなければなりません。

期限を過ぎると、原則として相続放棄が認められなくなるため、早めの判断が重要です。

借金の有無が分からない場合でも、まずは専門家へ相談することをおすすめします。

5 遺産分割協議

遺言書がない場合には、相続人全員で遺産分割協議を行います。

協議では、

  • 誰が何を取得するか
  • 不動産をどうするか
  • 預貯金をどう分けるか

などを決めます。

相続人全員の合意が必要であり、一人でも反対すると成立しません。

6 名義変更

遺産分割がまとまったら、

  • 預金の払戻し
  • 不動産の相続登記
  • 株式の名義変更
  • 自動車の名義変更

などを進めます。 近年は相続登記が義務化されており、正当な理由なく放置すると過料の対象となる場合があります。

7 相続税

すべての相続で相続税がかかるわけではありません。

しかし、

  • 不動産
  • 預貯金
  • 有価証券
  • 生命保険

などを合計すると、申告が必要になるケースがあります。

相続税の申告期限は、原則として死亡を知った日の翌日から10か月以内です。

税理士への相談も視野に入れながら、早めに確認すると安心です。

こんな場合は早めに弁護士へご相談ください

□ 相続人同士でもめている

□ 相続人と連絡が取れない

□ 不動産が複数ある

□ 借金の有無が分からない

□ 相続税が心配

□ 相続人に認知症の方がいる

解決事例(イメージ)

相続人間の話し合いがまとまらず預金の解約も進まなかった事案で、代理人として交渉を行い、遺産分割協議成立後に相続登記・預金解約まで円滑に完了したケースがあります。

※内容を一部変更したイメージ事例です。

相続でよくある質問(Q&A)

Q1 預金はすぐに引き出せますか?

金融機関が死亡を確認すると、口座は凍結されるのが一般的です。

ただし、一定の条件を満たせば、遺産分割前でも預貯金の一部を払い戻すことができる制度があります。


Q2 相続人同士で話し合いがまとまりません。

話し合いで解決できない場合は、家庭裁判所で遺産分割調停を申し立てることができます。

感情的な対立が大きくなる前に、弁護士へ相談することで円満な解決につながる場合があります。


Q3 相続手続きは自分でもできますか?

相続人が少なく、財産も預貯金だけであれば、ご自身で進められる場合もあります。

一方で、

  • 相続人が多い
  • 不動産がある
  • 遺言書がある
  • 相続人と連絡が取れない
  • 相続人同士で意見が対立している

といったケースでは、専門家に依頼した方がスムーズに進むことが少なくありません。

弁護士へ相談するメリット

弁護士へ依頼することで、

  • 相続人調査
  • 財産調査
  • 遺産分割協議
  • 相続放棄
  • 遺産分割調停・審判
  • 他の相続人との交渉

まで、一括してサポートを受けることができます。

また、早い段階で相談することで、不要なトラブルを未然に防げるケースも少なくありません。

まとめ

相続手続きは、期限があるものと期限がないものが混在しており、「後でやろう」と思っているうちに重要な期限を過ぎてしまうこともあります。

特に、相続放棄や相続税申告、相続登記などは期限を意識して進めることが重要です。

「何から始めればよいのかわからない」「相続人同士で話し合いが進まない」「借金があるかもしれない」など、ご不安な点がある場合は、できるだけ早い段階で弁護士へ相談することをおすすめします。

法律と税務をワンストップでサポート

相続では、遺産分割だけでなく相続税への配慮も重要です。結の杜総合法律事務所では、代表弁護士が税理士資格も有し、税理士事務所を併設しています。そのため、法律面だけでなく税務面にも配慮した遺産分割や相続対策をご提案できることが当事務所の強みです。お困りの際はお気軽にご相談ください。

👉 [結の杜総合法律事務所の総合サイトはこちら]

コラム「相続人の一人と連絡が取れない場合はどうする?遺産分割の進め方を弁護士が解説」

2026-06-05

こんなお悩みはありませんか?

□ 相続人の一人と何年も連絡を取っていない

□ 相続人の住所や連絡先が分からない

□ 遺産分割協議をしたいが返事が来ない

□ 相続人が行方不明になっている

□ 不動産の名義変更や預貯金の解約が進まない

このようなお悩みをお持ちの方は少なくありません。

相続手続では、原則として相続人全員が関与する必要があります。そのため、相続人の一人と連絡が取れない場合には、適切な対応を取らなければ遺産分割が進まなくなってしまいます。

今回は、相続人の一人と連絡が取れない場合の対処法について、弁護士が分かりやすく解説します。

1 相続人の一人と連絡が取れないと遺産分割はできない?

遺産分割協議は、相続人全員で行う必要があります。

そのため、相続人の一人と連絡が取れないからといって、その人を除外して遺産分割協議を行うことは原則としてできません。

仮に相続人全員が参加していない遺産分割協議書を作成した場合、その協議は無効となる可能性があります。

まずは、所在を確認するための調査を行うことが必要です。

2 まずは相続人の住所や所在を調査する

(1)戸籍の附票を取得する

相続人の住所が分からない場合には、戸籍の附票を取得することで現在又は過去の住所を確認できる場合があります。

戸籍の附票には住所の履歴が記載されているため、転居先を追跡できることがあります。

(2)住民票を取得する

相続手続に必要な範囲で住民票を取得できる場合があります。

住民票により現在の住所が判明することも少なくありません。

(3)弁護士へ相談する

個人で調査しても所在が分からない場合には、弁護士へ相談することをお勧めします。

事案によっては、調査方法や家庭裁判所の手続を早期に検討した方がよい場合があります。

3 住所は分かったが返事が来ない場合

住所は判明しているものの、

  • 手紙を送っても返事がない
  • 電話に出ない
  • 遺産分割の話を避けている

というケースもあります。

このような場合には、内容証明郵便などにより正式に協議への参加を求めることがあります。

それでも話し合いが進まない場合には、家庭裁判所へ遺産分割調停を申し立てることになります。

4 遺産分割調停とは

遺産分割調停とは、家庭裁判所で行う話し合いの手続です。

調停委員が間に入り、

  • 相続人の範囲
  • 相続財産の内容
  • 不動産の分け方
  • 特別受益や寄与分

などについて協議を進めます。

相続人同士で直接話し合うことが難しい場合でも、調停によって解決できるケースは少なくありません。

5 相続人の所在が全く分からない場合

(1)不在者財産管理人の選任

相続人の住所や居所が全く分からない場合には、家庭裁判所に対して不在者財産管理人の選任を申し立てることができます。

不在者財産管理人は、行方不明者に代わって法律行為を行う人です。

家庭裁判所の許可を得ることで、遺産分割を進められる場合があります。

(2)失踪宣告

長期間にわたり生死不明の状態が続いている場合には、失踪宣告を申し立てることができる場合があります。

もっとも、実際には不在者財産管理人制度によって解決するケースも多くあります。

【相談事例】20年以上連絡を取っていない兄が相続人だったケース

父親が亡くなり、相続人は長男Aさんと次男Bさんの2人でした。

しかし、Bさんは20年以上前に実家を離れて以降、家族との交流がなく、住所も連絡先も分からない状態でした。

Aさんは相続した不動産の名義変更をしたいと考えていましたが、相続人全員の参加が必要であるため手続を進めることができませんでした。

そこで戸籍の附票などを調査したところ、Bさんの住所が判明し、弁護士を通じて連絡を取ることができました。

結果として遺産分割協議が成立し、不動産の相続登記や預貯金の解約を無事に行うことができました。

このように、長年連絡を取っていない相続人であっても、適切な手続によって解決できるケースがあります。

6 放置するとどのような問題がある?

相続人と連絡が取れない状態を放置すると、

  • 相続登記ができない
  • 預貯金を解約できない
  • 不動産を売却できない
  • 相続人が死亡してさらに権利関係が複雑になる

などの問題が生じる可能性があります。

特に相続登記の義務化以降は、早めの対応が重要になっています。

よくあるご質問(Q&A)

Q1 相続人の一人と10年以上連絡が取れていません。遺産分割はできますか?

できます。ただし、その相続人を除外して手続を進めることはできません。所在調査や不在者財産管理人の選任などを検討する必要があります。

Q2 相続人が遺産分割協議に応じてくれません。どうすればよいですか?

内容証明郵便による通知や、家庭裁判所への遺産分割調停申立てを検討します。

Q3 相続人が海外に住んでいる場合も参加が必要ですか?

必要です。もっとも、郵送や署名証明制度を利用して手続を進められる場合があります。

Q4 相続人が認知症の場合はどうなりますか?

判断能力の程度によっては成年後見人等の選任が必要になることがあります。

7 まとめ

相続人の一人と連絡が取れない場合であっても、その相続人を除外して遺産分割を行うことはできません。

まずは所在調査を行い、必要に応じて遺産分割調停や不在者財産管理人選任申立てなどの法的手続を利用することになります。

相続人の所在不明の問題は、時間が経つほど解決が難しくなることがあります。

相続手続が進まずお困りの場合には、早めに弁護士へ相談することをお勧めします。

宮城県・仙台市で相続人との連絡が取れない相続問題にお困りの方へ

弁護士法人結の杜総合法律事務所では、遺産分割協議、遺産分割調停、相続人調査、不在者財産管理人選任申立てなど、相続に関するご相談を幅広く取り扱っております。

「相続人が行方不明で遺産分割が進まない」
「相続人が話し合いに応じてくれない」

このようなお悩みをお持ちの方は、お気軽にご相談ください。

👉 [結の杜総合法律事務所の総合サイトはこちら]

コラム「持戻しの免除とは?生前贈与が相続で『持ち戻されない』ケースを弁護士が解説」

2026-05-08

1 はじめに|「生前贈与した財産は相続で差し引かれるのか?」

「親から多額の援助を受けた兄弟がいる場合、相続では不公平にならないのでしょうか。」

相続において、このような問題は非常に多く発生します。

例えば、

  • 「事業資金として長男に数千万円を援助していた」
  • 「病気の子どもの生活保障のため収益不動産を贈与していた」
  • 「長年介護をしていた配偶者に自宅を贈与していた」

など、生前に特定の相続人へ財産が渡されているケースは少なくありません。

このような場合、他の相続人から「それは特別受益だから相続時に持ち戻すべきだ」と主張されることがあります。

もっとも、被相続人が「その贈与は相続財産に含めなくてよい」という意思を有していた場合には、「持戻し免除」が認められる可能性があります。

実際の相続実務では、

  • 「持戻し免除はどのような場合に認められるのか」
  • 「口頭だけでも有効なのか」
  • 「遺留分との関係はどうなるのか」

などが大きな争点になります。

今回は、相続・遺産分割問題で非常に重要な「持戻し免除」について、弁護士が分かりやすく解説します。


2 持戻し免除とは?

⑴ 特別受益とは

相続人の一部が、生前贈与や遺贈によって特別な利益を受けていた場合、その利益を「特別受益」といいます(民法903条)。

例えば、

  • 住宅購入資金の援助
  • 開業資金の援助
  • 高額な不動産贈与
  • 多額の生前贈与

などは、特別受益に該当する可能性があります。

相続では、共同相続人間の公平を図るため、原則として、この特別受益を相続財産に「持ち戻して」具体的相続分を計算します。

これを「特別受益の持戻し」といいます。


⑵ 持戻し免除とは何か

もっとも、被相続人は、

「この贈与については、相続の際に持ち戻さなくてよい」

という意思表示をすることができます。

これが「持戻し免除」です(民法903条3項)。

持戻し免除が認められると、生前贈与された財産は遺産分割の計算上加算されず、受贈者に有利な結果となります。

そのため、相続実務では、

  • 本当に持戻し免除の意思があったのか
  • どのような事情から認定されるのか

が重要な争点になります。


3 持戻し免除はどのような方法で認められる?

⑴ 明示の意思表示

持戻し免除は、明確に意思表示されているケースがあります。

例えば、

  • 遺言書への記載
  • 贈与契約書への記載
  • 手紙
  • メール
  • LINE
  • 会話録音

などです。

相続トラブル防止の観点からは、遺言書などの書面で明示しておくことが非常に重要です。


⑵ 黙示の持戻し免除も認められる

実務上は、

「持戻しを免除する」

と明記されていないケースの方が圧倒的に多いです。

そのため、裁判では、

  • 贈与の趣旨
  • 被相続人の生活状況
  • 相続人間の関係
  • 経済状況
  • 介護状況

などから、「黙示の持戻し免除」が認定されるかが問題となります。


4 黙示の持戻し免除が認められやすいケース

⑴ 病気・障害など生活保障目的の贈与

例えば、

  • 障害のある子どもの生活保障
  • 難病で就労困難な子への援助
  • 高齢配偶者の老後保障

などの目的で贈与が行われた場合です。

このようなケースでは、

「被相続人は、特別に生活保障をしたかった」

という意思が推認されやすく、持戻し免除が認められる可能性があります。


⑵ 介護・同居への貢献に対する援助

例えば、

  • 長年介護をしていた
  • 被相続人と同居して支えていた
  • 家業を無償で手伝っていた

などの場合です。

被相続人が感謝や貢献への対価として贈与したと認められる場合、持戻し免除が問題となります。


⑶ 婚姻期間20年以上の夫婦への自宅贈与

平成30年相続法改正により、婚姻期間20年以上の夫婦間で、

  • 自宅
  • 自宅敷地

の贈与・遺贈があった場合には、

持戻し免除の意思表示があったものと推定される

という規定が新設されました(民法903条4項)。

これは、長年連れ添った配偶者の生活保障を重視した制度です。


5 裁判で重要になる証拠とは?

持戻し免除が争われる場合、以下のような資料が重要になります。

主な証拠例

  • 遺言書
  • 贈与契約書
  • 不動産資料
  • 預金通帳
  • 被相続人のメール・LINE
  • 手紙
  • 日記
  • 介護記録
  • 診断書
  • 要介護認定資料
  • 所得証明
  • 関係者の証言

相続では、

「何を主張するか」だけではなく、「何を証拠として提出できるか」

が極めて重要です。


6 具体例|難病を抱える子に収益不動産を贈与したケース

例えば、

  • 相続人:長男B、二男C
  • 相続財産:預貯金3000万円+自宅3000万円
  • 生前贈与:Cへ2000万円相当の収益不動産

というケースを考えます。

Cは幼少期から難病を患っており、安定収入を得ることが困難でした。

この場合、

  • 生活保障目的
  • 将来の収入確保目的
  • 経済的援助の必要性

などから、

被相続人には黙示の持戻し免除意思があった

と認定される可能性があります。

その結果、2000万円の贈与を持ち戻さず、残り6000万円を2分の1ずつ分けるという結論になる可能性があります。


7 持戻し免除があっても「遺留分」は侵害できない

⑴ 遺留分とは

遺留分とは、兄弟姉妹以外の一定の相続人に保障された最低限の取り分です(民法1042条)。

被相続人が自由に財産処分をできるとしても、遺留分までは侵害できません。


⑵ 遺留分侵害額請求との関係

たとえ持戻し免除が認められても、

遺留分を侵害している場合

には、遺留分侵害額請求が可能です。

例えば、

  • 「全財産を長男に相続させる」
  • 「一人の子に極端に偏った生前贈与をする」

などの場合には、他の相続人から金銭請求を受ける可能性があります。

そのため、

  • 生前贈与
  • 遺言
  • 持戻し免除

を検討する際には、遺留分も含めた総合的な設計が重要になります。


8 相続トラブルを防ぐためのポイント

持戻し免除は、相続争いで頻繁に問題となります。

特に、

  • 生前贈与額が大きい
  • 不動産贈与がある
  • 介護・同居がある
  • 特定の子だけ援助されている
  • 事業承継が絡む

といったケースでは、遺産分割調停・審判に発展することも少なくありません。

そのため、

生前対策として重要なこと

  • 遺言書を作成する
  • 贈与目的を明確化する
  • 証拠を残す
  • 遺留分を考慮する
  • 税務面も確認する

ことが極めて重要です。


9 最後に|相続・遺言・生前贈与のご相談は結の杜総合法律事務所へ

持戻し免除は、

  • 遺産分割
  • 生前贈与
  • 遺留分
  • 相続税
  • 事業承継

などと密接に関係する非常に専門性の高い問題です。

実際には、

  • 「そもそも特別受益に当たるのか」
  • 「持戻し免除が認められるのか」
  • 「遺留分侵害になるのか」
  • 「税務上問題はないのか」

など、多角的な検討が必要になります。

結の杜総合法律事務所では、相続・遺産分割・遺言・生前贈与案件を多数取り扱っております。

また、税理士法人を併設しており、弁護士・税理士の両面から、

  • 法律
  • 税務
  • 相続税
  • 生前対策
  • 事業承継

まで総合的にサポートしております。

「生前贈与をしたいが後で争いにならないか不安」
「遺言を書きたい」
「兄弟間で遺産分割でもめている」
「持戻し免除を主張したい・争いたい」

という方は、お早めにご相談ください。

初回相談の段階で、見通しや必要資料について丁寧にご説明いたします。


関連ページ

コラム「【弁護士が解説】株式を相続したときの手続とは?非公開株式の名義変更・注意点をわかりやすく解説」

2026-04-10

1 はじめに|株式の相続でよくあるご相談

「父が亡くなり、遺産に株式が含まれていました。遺産分割が終わるまでに何をすればよいのでしょうか?」
「非公開株式の名義変更はどのように行うのでしょうか?」

このように、株式の相続手続(特に非公開株式)については、一般の不動産や預貯金と異なり、会社法特有のルールがあるため、戸惑われる方が多くいらっしゃいます。

本記事では、

  • 株式を相続した場合の基本ルール
  • 遺産分割前に必要な対応
  • 非公開株式の名義変更手続

について、弁護士がわかりやすく解説します。


2 遺産分割前の注意点|株式は「共有(準共有)」になる

相続人が複数いる場合、株式は遺産分割が完了するまでの間、相続人全員の準共有状態となります(民法264条)。

この状態では、以下の点に注意が必要です。

(1)議決権はそのまま行使できない

株式が共有状態の場合、誰か1人を「権利行使者」として指定し、会社に通知しなければ議決権を行使できません(会社法106条)。

👉 ポイント

  • 相続人全員で協議して1名を選定
  • 会社へ正式に通知する必要あり

(2)通知・催告の受領者も指定が必要

会社からの通知や催告の受領についても、代表者を1人指定する必要があります(会社法126条)。

(3)実務上のトラブル

  • 相続人間で意見対立 → 議決権が行使できない
  • 会社との連絡が滞る
  • 経営権争いに発展するケース

👉 非公開株式では特に重要(経営に直結)


3 通知方法|会社または株主名簿管理人へ

通知先は会社の体制によって異なります。

  • 株主名簿管理人あり → 管理人へ通知
  • なし → 会社へ直接通知

👉 実務ポイント

  • 内容証明郵便で通知しておくと証拠が残るため安心
  • 戸籍などは別送が必要

4 非公開株式と上場株式の違い

株式相続では、以下の違いが重要です。

区分 手続の特徴
上場株式 証券会社経由で手続
非公開株式 会社へ直接請求

本記事では、トラブルが多い非公開株式に焦点を当てます。

👉 なお、譲渡制限株式でも相続(一般承継)では会社の承認は不要です。


5 株式数の確認|残高証明書の取得

遺産分割を進める前に、株式数の正確な把握が必要です。

必要な手続

会社に対して

👉 株主名簿記載事項証明書(残高証明書)を請求

主な必要書類

  • 被相続人の戸籍(出生〜死亡まで)
  • 相続人の戸籍
  • 印鑑証明書

👉 実務ポイント

法定相続情報一覧図で代替できる場合あり


6 最重要手続|株主名簿の名義書換

株式を取得した相続人が権利を行使するためには、

👉 名義書換が必須です(会社法130条)

(1)基本的な流れ

  1. 遺産分割協議の成立
  2. 名義書換請求
  3. 株主名簿の変更

(2)主な提出書類

  • 名義書換請求書
  • 遺産分割協議書
  • 戸籍一式
  • 印鑑証明書

(3)注意点

  • 戸籍は「出生から死亡まで」必要
  • 相続人全員の関与が必要
  • 書類不備で手続が止まりやすい

7 信託銀行が関与する場合の手続

株主名簿管理人が信託銀行の場合、手続は以下のようになります。

主な提出書類

  • 相続による名義書換請求書
  • 株主票
  • 配当金振込指定書

👉 相続人が複数の場合、全員分の書類が必要


8 よくあるトラブルと対策

よくある問題

  • 相続人間で意見が対立
  • 株式評価でもめる
  • 経営権争いに発展

対策

  • 早期に専門家へ相談
  • 遺産分割前に方針整理
  • 税務も含めた一体対応

👉 特に非公開株式は「法律+税務」の複合問題です


9 まとめ|株式相続は早めの対応が重要

株式の相続では、

  • 遺産分割前 → 権利行使者の指定
  • 遺産分割後 → 名義書換
  • 常に → 戸籍・書類管理

が重要となります。

特に非公開株式は、

👉 会社経営・相続税・親族関係すべてに影響する重要財産です。


10 弁護士・税理士による一体サポート

結の杜総合法律事務所では、

弁護士と税理士が連携し、

  • 株式相続
  • 遺産分割
  • 相続税申告

までワンストップで対応しております。

✔ 東北エリアでも数少ない

「弁護士法人+税理士法人」一体型事務所

✔ 初回相談で

手続・費用・見通しを丁寧に説明

✔ 無理な勧誘なし


▶ 株式相続・遺産分割でお悩みの方へ

  • 非公開株式の扱いが分からない
  • 相続人間で話がまとまらない
  • 相続税も含めて相談したい

このような方は、お気軽にご相談ください。

👉 結の杜総合法律事務所の総合サイトはこちら

コラム「相続した空き家の管理・売却で注意すべきポイントとは?相続空き家問題・特定空き家・相続放棄などを弁護士が解説」

2026-03-06

【はじめに】

近年、「親が亡くなり実家が空き家になった」「相続した家の管理に困っている」といったご相談が増えています。

空き家は、適切に管理しない場合、

  • 倒壊や火災などの事故

  • 近隣トラブル

  • 固定資産税の増額

  • 行政からの指導や強制解体

などのリスクが生じることがあります。

また、相続人が複数いる場合には、共有関係・管理責任・相続登記・売却方法など、法律的に注意すべき点が多く存在します。

そこで本コラムでは、相続財産に空き家がある場合の管理方法・法的リスク・承継方法について、弁護士がわかりやすく解説します。


1 相続した空き家の管理方法

(1)空き家とは何か

「空家等」とは、居住その他の使用がなされていない状態が常態である建物およびその敷地をいいます(空家等対策の推進に関する特別措置法2条1項)。

一般的には、概ね1年間利用されていない状態が一つの目安とされています。

空き家の所有者又は管理者は、周辺環境に悪影響を与えないよう適切に管理する義務があります(同法5条)。


(2)相続人が複数いる場合の管理

被相続人が死亡した場合、空き家は相続財産となります。

相続人が複数いる場合、遺産分割が完了するまでの間は相続人全員の共有財産となります(民法898条)。

この場合の行為は次のように区分されます。

①保存行為(単独で可能)

各相続人は単独で行うことができます(民法252条)。

例

・空き家の簡易修繕

・庭木の剪定

・雑草除去

・固定資産税の支払い

・不法占拠者への明渡請求


②管理行為(持分の過半数で決定)

例

・空き家を誰が使用するかの決定

・軽微な改修


③変更・処分行為(相続人全員の同意)

例

・空き家の売却

・賃貸

・大規模修繕

・建物の解体


(3)空き家管理の重要性

空き家は人が住まない状態が続くと、急速に劣化します。

また

・放火

・窃盗

・不法侵入

などの犯罪リスクも高まります。

さらに、空き家の管理が不十分で第三者に損害が生じた場合、所有者は工作物責任(民法717条)を負う可能性があります。

そのため

・定期的な見回り

・清掃

・修繕

などを行う必要があります。

遠方に住んでいる場合は、空き家管理業者への委託も検討すべきでしょう。


2 「特定空き家」に指定されるリスク

空き家の中でも、次のような状態にあるものは「特定空家等」に指定される可能性があります。

・倒壊の危険

・衛生上有害

・著しく景観を損なう

・周辺生活環境に悪影響

(空家等対策特別措置法2条2項)

指定されると、自治体から

・助言

・指導

・勧告

・命令

が出されることがあります。

さらに改善されない場合には

・過料

・行政代執行(強制解体)

が行われる可能性があります。

解体費用は所有者負担となるため注意が必要です。

また勧告を受けると

固定資産税の住宅用地特例が解除される

可能性があり、固定資産税が最大6倍程度に増えるケースもあります。


3 空き家を相続放棄する場合の注意点

空き家の管理負担や費用を考えると、相続放棄を検討するケースもあります。

ただし注意が必要です。

相続放棄をした場合でも、放棄時に空き家を占有している場合には次の管理者へ引き渡すまで保存義務を負います(民法940条)。

つまり

・建物の最低限の管理

・損壊防止

などの義務が残ることがあります。


4 相続人の所在が不明な場合

【不在者財産管理人】

相続人の所在が分からない場合には、家庭裁判所に

不在者財産管理人の選任

を申し立てることができます(民法25条)。

管理人は

・空き家の管理

・裁判所の許可を得た売却

などを行うことができます。


5 相続人がいない場合

【相続財産清算人】

相続人全員が相続放棄した場合やそもそも相続人がいない場合には、家庭裁判所に

相続財産清算人の選任申立て

を行うことができます(民法952条)。

清算人は

・空き家の管理

・売却

・債務整理

などを行い、最終的には財産を国庫に帰属させます。


6 所有者不明建物管理制度

近年の民法改正により

・所有者不明建物管理制度

・管理不全建物管理制度

などが創設されました。

これにより

・所有者不明の空き家

・管理不全の空き家

について、裁判所が管理人を選任し、適切な管理や処分を行うことが可能となっています。


7 空き家の評価

空き家の評価は基本的には通常の不動産評価と同様です。

もっとも

・老朽化

・解体費用

・立地

などにより

実質的に価値がない

と評価される場合もあります。

そのため、相続人間で合意して評価を決めるケースも少なくありません。


8 空き家の相続登記(義務化)

相続により空き家を取得した場合、相続登記が必要です。

2024年4月から相続登記は義務化されています。

期限内に登記しない場合には

過料が科される可能性

があります。


9 空き家売却時の3000万円特別控除

相続した空き家を売却する場合、一定の要件を満たすと

譲渡所得から最大3000万円の特別控除

を受けることができます。

主な要件

・被相続人が居住していた家屋

・相続開始から3年以内の売却

・耐震基準を満たす(又は解体)

などです(租税特別措置法35条)。

適用期限は令和9年12月31日までです。


【まとめ】相続した空き家は早期対応が重要

相続した空き家は

・管理責任

・固定資産税

・近隣トラブル

・特定空き家指定

など、さまざまなリスクがあります。

そのため早期に

・売却

・解体

・賃貸

・相続放棄

などを検討することが重要です。


空き家相続・不動産相続のご相談は結の杜総合法律事務所へ

結の杜総合法律事務所では

・相続問題

・空き家トラブル

・遺産分割

・相続放棄

・不動産相続

などのご相談を多数取り扱っています。

当事務所は弁護士法人と税理士法人を併設している東北でも数少ない事務所であり、弁護士と税理士が連携して

・相続手続

・相続税対策

・不動産売却

まで一体的にサポートしております。

まずはお気軽にご相談ください。

▶「結の杜総合法律事務所の総合サイト」はこちら

コラム「【仙台の弁護士が解説】遺言無効の訴えとは?手続・判例・遺留分との関係をわかりやすく解説」

2026-02-13

「この遺言書は本当に有効なのか?」

「認知症だった親の遺言を争うことはできるのか?」

「公正証書遺言でも無効になることがあるのか?」

相続の現場では、遺言の有効性をめぐる争い(遺言無効確認訴訟)が少なくありません。

本記事では、

  • 遺言が無効になるケース

  • 遺言無効確認の訴えの手続

  • 被告の選び方

  • 立証責任

  • 遺留分侵害額請求との関係

について、判例を踏まえて解説します。

仙台・宮城で相続問題にお悩みの方は、ぜひ参考になさってください。


1 遺言が無効になる場合とは?

(1)遺言は原則として尊重される

遺言は、遺言者の最終意思を尊重する制度です。

有効な遺言があれば、原則としてその内容どおりに遺産は承継されます。

しかし、一定の場合には遺言そのものが無効となります。


(2)方式違反による無効

遺言は「要式行為」です。

法律(民法960条以下)で定められた方式を守らなければなりません。

例えば、自筆証書遺言の場合、

  • 全文自書

  • 日付の自書

  • 氏名の自書

  • 押印

が必要です。

これらを欠く場合、遺言は無効となります。


(3)遺言能力の欠如(民法963条)

遺言作成時に遺言能力(事理弁識能力)がなければ、遺言は無効です。

典型例:

  • 重度の認知症

  • 意識障害

  • 精神疾患による判断能力の欠如

もっとも、「認知症=直ちに無効」ではありません。

診断書、カルテ、介護記録、作成経緯などを総合的に判断します。

実務上、最も争いが多いのがこの「遺言能力」の問題です。


(4)その他の無効原因

  • 公序良俗違反

  • 詐欺・強迫

  • 証人の欠格事由

  • 受遺者の先死亡

  • 民法総則による無効・取消事由


2 遺言無効確認の訴えとは?

遺言の有効性に争いがあり、話し合いで解決できない場合、

最終的には遺言無効確認の訴え(民事訴訟)を提起します。


(1)まずは調停から

いきなり訴訟ではなく、

  • 遺言無効確認調停

  • 遺産分割調停

から開始することもあります。

しかし、当事者の主張が鋭く対立している場合は、訴訟による解決が必要になります。


(2)誰が原告になれるか?

遺言の無効を主張する者が原告になります。

「すでに生前贈与を受けており、法定相続分がない場合でも訴えられるのか?」

この点について、最高裁(最判昭56年9月11日)は、確認の利益は遺言内容で判断すれば足りるとして、原告適格を認めています。

したがって、生前贈与を受けていても原告になることは可能です。


(3)誰を被告にするべきか?

実務上重要なポイントです。

原則:

  • 遺言により利益を受ける受遺者

が被告になります。

最高裁(最判昭56年9月11日)は、単なる相続分指定などの場合は固有必要的共同訴訟にはならない(共同相続人全員を被告とする必要はない)と判示しています。

もっとも、遺産確認を求める場合(最判平成元年3月28日)は、共同相続人全員を当事者とすべきとされています。

遺言内容により判断が分かれるため、専門的検討が不可欠です。


(4)遺言執行者を被告にできるか?

最高裁(最判昭31年9月18日)は、遺言執行者を被告として無効を争うことを認めています。

ただし、既に所有権移転登記がなされている場合は、受遺者を被告とすべきとされています(最判昭51年7月19日)。


(5)立証責任の分配

非常に重要なポイントです。

■ 遺言の方式遵守

→ 遺言が有効と主張する側が立証責任(最判昭62年10月8日)

■ 遺言能力の欠如など

→ 無効を主張する原告側が立証責任

遺言能力の立証では、

  • 医療記録

  • 介護記録

  • 証人尋問

  • 作成経緯

などを総合的に主張立証します。


3 遺言無効と遺留分侵害額請求の関係【最重要ポイント】

(1)必ず遺留分請求を並行して検討すべき理由

遺言無効確認訴訟は、長期化することが少なくありません。

しかし、遺留分侵害額請求には、「相続開始および侵害を知った時から1年」という短い消滅時効(民法1048条)があります。

訴訟中に時効が完成してしまうリスクがあるのです。

したがって、

✔ 遺言無効を争う

✔ 同時に遺留分侵害額請求の意思表示を行う

ことが極めて重要です。

実務では、内容証明郵便で通知するのが安全です。


(2)同一訴訟で予備的請求を入れるべきか?

理論上は可能ですが、実務上は推奨されません。

理由:

  • 争点が複雑化する

  • 訴訟が長期化する

  • 裁判所の審理が混乱する

通常は、

① 遺言無効訴訟

② 必要に応じて遺留分訴訟

と段階的に進める方が合理的です。


4 遺言無効でお悩みの方へ【仙台・宮城対応】

遺言無効の争いは、

  • 感情対立が激しい

  • 医療証拠の収集が重要

  • 税務との連動が不可欠

という特徴があります。

弁護士法人結の杜総合法律事務所では、

  • 相続・遺言紛争の豊富な実績

  • 税理士法人併設(東北地区で唯一の体制)

  • 弁護士・税理士が直接対応

により、法務・税務を一体でサポートしております。

✔ 遺言が無効かどうか知りたい

✔ 認知症の遺言を争いたい

✔ 公正証書遺言でも無効になるのか相談したい

✔ 遺留分請求も同時に検討したい

という方は、お早めにご相談ください。

初回相談で、

  • 見通し

  • 必要な証拠

  • 費用の目安

  • 手続の流れ

を丁寧にご説明いたします。

無理な勧誘は一切ありません。


▼ 総合サイトはこちら

宮城・仙台で弁護士をお探しの方は”弁護士法人結の杜(ゆいのもり)総合法律事務所”へお任せください

« Older Entries

トップへ戻る

電話番号:050-5527-9898 問い合わせバナー